記念事業を通して感じること
こんにちは、義經神社宮司の楡田美浩です。
月日が経つのは早いもので、11月もあとわずか。
早いということは、充実した時間を過ごせていると、私は捉えるようにしています。
この1年をそのように感じさせてくれた、やはりご神像修繕に関わる各種祭事でしょう。
昨年3月の責任役員会において、全会一致で同意を得て進めてきたご神像奉斎220年記念事業。
予定していた部分は、ほぼ終えましたが、にわかに立ち上がった「鳥居建立」と「参道灯籠建立」は、第2期事業として継続してゆく予定です。
また、懸案でありました社殿に隣接する危険木の伐採にも着手出来ましたことは、お宮をお預かりする祠祭の司として、宗教法人の代表役員
として、大きな肩の荷を下ろすことが出来たように感じています。
この境内整備の一環でもある危険木の伐採は、実のところ「かなり評判が悪い」事業でもありました。
「今までのように鬱蒼とした鎮守の杜がなくなる」とか、「社殿の後方が、もの寂しい気がする」ですとか、或いは「新しい宮司は何でもしたがる」など、ここまでくると私個人への「好き嫌いを仰りたいだけじゃないか」と感じるご批判もあります。
まぁ、世の中には「絶対」などという概念は無いと思う私としては、様々なご批判も想定内ではありますが、正直、あまり気分の良いものでは無いですよね。
ただ、義經神社責任役員会(代表役員である私を除く6名)では、喫緊の課題という認識を共有・速やかに同意下さり、間もなく危険木伐採も終えるところです。
画像をご覧頂くと、皆様も同じ感想を持たれるでしょう。
「前の方が良かったんじゃない?」と。





私も、そう感じる時もあります(苦笑)
しかしながら、ご祭神ハンガンカムイ義經公の鎮まります本殿をお護りすること、参拝者への安全確保などを勘案しますと、「間違ってはいない」こう確信しております。
当然、伐採するだけではありません。
来年以降、全国植樹祭に併せて、鎮守の杜に相応しい樹木を選定し、100年200年後の境内をイメージしながら、境内整備を進めてゆきます。
これはまさに「ご恩送り」であります。
結果的に危険木となってしまった「とど松」や「から松」(これらの樹木は伐期がありまして、いづれ伐採しないといけない樹木です。かつては、それなりの資産にもなり得たのでしょうが)も、今から80年ほど前の先輩達が、後年神社運営の一助になればと植樹してくれた樹木です。
残念ながら時代の変化とともに、それらの樹木は想定の価値を持ち得ませんでしたが
(結果的に伐採に係る大きな支出となりました)、
先人たちの「想い」は、今の代表役員宮司として確かに受け取りました。
このご恩は、次なる世代・見ることのない後の世の境内を護ってくれるであろう後輩達に送るべきことだと、私は考えます。
地域性や境内の立地なども考慮して、これから220年後に完成するであろう義經神社の杜をイメージしながら、祭祀の厳修と境内整備を進め、あらゆるご批評は併せ呑む、これは私に課せられた最大の使命であり、後輩達への強いメッセージでもあります。
気がつくと、随分と長く駄文な投稿になってしまいました。
こんなめんどくさい個人である私ではありますが、ご縁頂く皆様には、義經神社宮司の役目に免じて、今後も更なるご厚誼を賜りますれば幸いに存じます。
義經神社は、常に未来を見据えて参ります。