義經神社全国崇敬会大祭 令和元年10月13日

義經神社全国崇敬会大祭 令和元年10月13日

義經神社全国崇敬会大祭

義經神社全国崇敬会では、般若心経、六根清浄、大祓などの活動を行ってきました。

その活動の集大成とも言える崇敬会大祭を令和元年10月13日に行います。

般若心経、六根清浄、大祓を踏まえつつ、義經神社全国崇敬会として、新たに静御前にフォーカスします。では、静御前とはどのような人物だったのかを見ていきましょう。

八大龍王を呼び出し、人々を日照りから救った白拍子

義經公と強い絆で結ばれた、義經公の大切な存在。それが静御前です。

静御前は、元々は、詩を歌いながら舞いを踊る白拍子でした。静御前は、京都の公家を相手にしていた為、白拍子の中でも、教養のある品格に溢れた特別な白拍子でした。

そんな特別な白拍子である静御前を、更に、特別な存在に押し上げる出来事がありました。

その出来事とは・・・

日照りによる災害です。

自然災害というのは、現代でも恐ろしい物です。地震や台風が起きれば、被害は少なくありません。しかし、平安時代末期の自然災害は、ひとたび起きれば今よりも深刻な被害をもたらしていました。

自由に使える水は無く、作物を育てるどころか、ノドの渇きを潤すこともできない程の水不足。大気は乾燥し、木造の家は火事が起きやすくなり、火事によって被害がさらに拡大する状況。それが日照り災害です。

自然の猛威・日照りを無視できなくなった時の権力者、後白河法皇は事態を改善するために行動を起こします。まず初めに行ったのは、僧侶100人による読経でした。しかも、ただの僧侶ではなく、法力に優れたエリート僧侶100名による読経です。時の最高権力者が選んだエリート僧侶100名。これで、降らぬわけがないと後白河法皇は考えていたでしょう。

しかし、思いに反し、100名のエリート僧侶が経典をいくら唱えても、雨雲一つ生じなかったのです。

後白河法皇は、次に、白拍子の舞いを捧げ雨を願う方法を考えました。白拍子も選び抜かれた当代最高の100名が選抜され、一人ひとり舞いを奉納していきました。

しかし、10人、20人、50人、いくら舞いを奉納しても雨は降りません。

「もうダメかもしれない・・・」

と、誰もが諦めかけた最後の100人目。

彼女の舞いに引き寄せられ、八大龍王が現れ、今までの日照りによる乾燥を全て潤し、自然の恵みを取り戻すのに十分な雨を降らせたのです。後白河法皇は彼女を「カノ者ハ神ノ子カ?」と驚嘆し、当代随一の白拍子であると褒め称えました。

その白拍子こそが静御前でした。義經公は、この時、静御前と初めて出会ったと言われています。

敵対する頼朝に捕まるも、義經公との絆を守り抜く静御前

義經公と結ばれた静御前でしたが、時代は非情にも二人を引き裂きます。

源氏と平氏の争いが、源氏の勝利で決着した直後、義經公と兄:源頼朝は敵対関係になってしまいました。その結果、義經公と静御前は都を追われ、再起を図るために九州へ向かいます。

しかし、その最中、静御前は義經公とはぐれてしまい、敵対する頼朝に捕まってしまうのです。この時、静御前は義經公との子供を妊娠していたといいます。妊娠中という心身共につらい状況であり、さらに、敵軍の捕虜になってしまう。どんなにか心細く不安で恐ろしかったでしょうか。

頼朝は捕らえた静御前に、「源頼朝率いる源氏の繁栄を祈って舞え」と命じます。頼朝は、当代随一と言われ、世間を日照りから救った静御前に舞いを舞わせたくて仕方がなかったのです。

不安と恐怖の毎日を過ごしていた静御前でしたが、「義經様と敵対する頼朝の為に舞う事はできない」と、頼朝の命令を拒否するのでした。

しかし、頼朝からは再三に厳しく舞いを命令される日々が続きます。そこで静御前は、ある覚悟を胸に、舞う事を受け入れます。

この時に、静御前が披露した舞いというのが、

「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」

「しづやしづ しづのをだまき くり返し 昔を今に なすよしもがな」

という舞いでした。

これは、「源氏の繁栄」を願う頼朝の為の舞いではなく、

「吉野の山の白い雪に、跡を残して消えた義經様が恋しい。」

「静、静、と呼ばれていたあの頃に戻れたなら、どんなに良いだろう」

今なお、再起を図り、英気を養っている義經公を想い慕い舞ったのでした。

義經公と敵対する頼朝の前で、このような詩を歌い、舞い踊れば、殺されてしまう恐れもありました。

静御前は、不安や恐怖、圧力に屈せず、義經公との絆を守り、死を覚悟して、舞ったのです。

義經神社全国崇敬会大祭では「しずか舞...降りる」を奉納

そんな静御前は、義經公と共に北行していたという伝説があり、義經神社には静御前の石碑もあります。来たるべき義經神社全国崇敬会大祭では、義經神社全国崇敬会の役員である「プロダンサーYUKI」が静御前の想いを踊り描く「しずか舞···降りる」を、義經公に奉納します。

舞踏演出家 YUKI

YUKIさんは、20歳の頃にダンスを始め、ジャズダンス、ヒップホップ、スタイルジャズ、ファンク、ロッキング、ハウス等、様々なジャンルのダンスを経験し、DANCER/INSTRUCTER、振付師、舞踏演出家として活躍しています。札幌初夏の一大イベントYOSAKOIソーラン祭り(観客動員数200万人規模)にも、初期の頃から関わっており、2001年~2006年には「夢想漣えさし」というチームの振付・構成・指導を行い、準大賞受賞に導いた実績があります。

現在も札幌市内、近郊で、スクールを主催し、様々なイベントにて、振付・演出・出演を行い、札幌で最も注目を集めるダンサーの一人と言われています。

そのYUKIさんが、義經公に奉納するために手がけた完全オリジナルの舞いが「しずか舞い...降りる」です。

義經神社全国崇敬会大祭概要

大祭は、正式な神事である大祭式に従って行います。また、ご神像特別拝観の年でもありますので、ご神像にもご出御いただきます(本来は非公開です)。今まで修行してきた「般若心経」「六根清浄」「大祓」を唱えながらの神事となります。

なお、正式な神事である為、『正装』による正式参拝となります。 男性はネクタイ・ジャケット着用、 女性はそれに準ずる服装をご用意ください。

義經神社全国崇敬会大祭の概要は以下の通りです。

開催日時:2019年10月13日 14:00~16:00

開催場所:義經神社

住所:北海道沙流郡平取町本町119-1

参加費:4500円(バス乗車費用と玉串料として)

参加条件:崇敬会会員及び、崇敬会会員の友人、知人

交通手段:10月13日はバスを手配いたします。札幌から新千歳空港を経由し義經神社までとなります(帰りもご利用いただけます)。

<10月13日 タイムスケジュール>

10:00 札幌駅北口集合(バス出発10:00予定)

11:15 JR千歳駅

11:30 新千歳空港着(各自昼食)

12:30 新千歳空港出発

13:45 義經神社到着

14:00~16:00 崇敬会大祭

16:15 義經神社出発

17:30 新千歳空港到着

18:30 札幌到着

*札幌到着後、居酒屋で直会(懇親会)を予定しています。

*10月12日に、新千歳空港近郊でゴルフコンペ及び、千歳市で懇親会を予定しています。

ご希望の方はスケジュール確保お願いします。ゴルフコンペ、懇親会等の詳細は、後日お知らせいたします。

お申し込み・お問い合わせ

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